(北茨城民報2002年7月28日号)

日本共産党市議団が

共産党町長の兵庫県南光町を視察

 日本共産党北茨城市議団(福田明議員・鈴木やす子議員)は、七月二十四日に日本共産党員町長の街、兵庫県南光町を視察しました。この視察には日本共産党の小林真美子日立市議・大名美恵子東海村議・木村静枝那珂町議・辻井英雄茨城北部地区委員長も参加しました。

 南光町に日本共産党員の山田兼三町長が誕生したのは、一九八〇年で、それ以来、六期二十二年間、民主町政を守り発展させてきました。

 右から辻井地区委員長・福田議員・山田町長・木村議員大名議員・小林議員・鈴木議員

(福祉センター「ひまわり」の前で)

告示三日前に移住して「奇跡の当選」

 南光町は、播磨地方の山間の街で清流千種川が流れる風光明媚な人口四千五百人の小さな町です。この南光町に日本共産党町長が誕生した背景には、当時、町の政治を牛耳っていた「部落解放同盟」の無法と暴力におびえていた町民の「この暗い町を何とかしてほしい」という、切羽詰まった願いがありました。また町議会の中で、部落解放同盟の無法と闘ってきたのも日本共産党の議員だけでした。そうした中で、当時、姫路市で共産党の専従をしていた山田兼三さんが、告示三日前に住所を南光町に移して立候補し、劇的な当選を果たしました。当時の新聞は、この勝利を「奇跡の勝利」と報じました。その時、山田さんは三十二歳の独身でした。

あらゆる分野に「住民こそ主人公」の精神をつらぬく

 当選以来、六期二十余年、山田民主町政は、あらゆる分野で「住民こそ主人公」の精神をつらぬいてきました。イギリスの町を参考にしたといわれる歯科健康センターは、体の弱いお年寄りや乳幼児を最優先にして歯の治療を行ない、寝たきりの方への歯の訪問治療は日本で最初に行ないました。厚生省がすすめる8020運動(八十才で二十本の健康な歯)も、この南光町がモデルといわれます。

 町役場は、以前の北茨城市役所以上に老朽化していますが、住民が利用する文化センターや学校、野球場等々の施設は立派に整備されています。予算の上でも徹底した住民本位の精神がつらぬかれています。

ひまわり祭りに数十万人が参加

 南光町は現在、「ひまわりの町」として有名で、毎年夏に「ひまわり祭り」が開催されて、数十万人が訪れています。私たちが視察した日もひまわり祭りが行なわれており、平日にもかかわらず、多数の見物客が谷あいの山地一面に咲き誇るひまわりに歓声を上げていました。祭りの会場では偶然にも山田町長と出会い「先週の土曜、日曜には大型バス七十台、自家用車二千台が訪れた」と語り、一緒に写真にも収まってくれました。

 減反田を利用したひまわりの栽培は、三十四ヘクタール、百七十万本にものぼります。町は「ひまわり館」をつくり、ひまわりの種を絞って油を作り、様々な製品化をして販売しています。

地方自治の原点を見るおもい

 視察では地元の共産党町議に施設等を案内してもらいましたが、その随所で住民と本当に溶け合っている党議員の姿をつぶさに見ました。山田町長の「住民こそ主人公」の行政と同時に、それを支える共産党議員団のすばらしさを垣間見た感じがします。

 視察の前日には姫路市にある日本共産党西播地区委員会を訪問し、「昭和三十一年の姫路城の大修理の際には、党が指導して、そこで働く大工さんなどを組織して労働組合をつくり、城の天守閣には赤旗三十本を立てて、待遇改善を勝ち取った」という当地ならではの話もうかがいました。

 今回の南光町の視察を通じて、「住民こそ主人公の政治とは何なのか」を考えさせられながら播州地方を後にしました。

           (南光町役場前で)              左から鈴木・木村・小林・福田・大名・辻井